2025年4月9日水曜日

疑念

次の公募の準備をじわじわと始めている。まったく持って道が開けずに、辛い。書こうとしているものとタイトルはある。色々と下調べが必要だ。

11歳の頃に夢を持ったので、なんの迷いもなく、ここまで脚本家になるために生きていると信じてきたが、いよいよ脚本家になりたいという夢が身を滅ぼしつつあるというか、書こうとすると希死念慮に覆われてしまう。非常に困った。

脚本家に本当になるべきなのだろうか? という非常に大きな疑念が私を包んでいる。

例えば経済的にもいまの仕事をやめることができて、一日中脚本に時間を使えたとしたら? 私は日中ずっと死にたいのかもしれない。

書きたいことなんて、そうポンポン浮かばない。必死で書いたものがあっさり1次で落とされていれば、続く気持ちも続かない。

最近は弱音ばかり頭に浮かぶ。

とりあえず走って見ている。

雪解けを待っている

「素晴らしいことに出会った時、歩みを止めなかった自分がいることも考える」 これは壮平の言葉。 私はクソ真面目になど生まれたくなかった。父に似た。父は好きだが、私には付き合いきれん、嫌いだ。 そうは生きたくないと願いながらも脳と心が些細なことで傷付いて苦しんでバッドに引っ張られる。...