2025年9月30日火曜日
9月が終わる
2025年9月21日日曜日
自己解決したこと
2025年9月20日土曜日
確かにトキメキを感じた
2004年、6歳。「笑の大学」という作品に映画館で出会った瞬間に、私の人生は決まってしまった。スクリーンの中の椿一になると、確かに思った。あの瞬間のトキメキを信じて生きてきた。
2025年、夢を追う。机に向かい、自分が書きたい連ドラとは何か考え続ける。何も出てこない。あのトキメキを信じていたいのに、遂に懐疑的になる。
自分の忘れられない感情を疑うこと、疎ましく思うこと。それが私にとって最も辛い行為であるけど、この夢に引っ張られて道が決まったこの一生で、どうしても起こってしまう。
辛い。
2025年9月14日日曜日
注釈
2025年9月10日水曜日
ルサンチマン
2025年9月7日日曜日
書けないとき、眠る。
あまりにも書きたいことが浮かばなくて激悶している。
遂に仕事も落ち着いて、仕事のせいにも出来なくて、さらに激悶する。こんな苦しみの中に何年もいて、誰にも分かってもらえないのだと時折絶望まで襲ってくる。
私の書いたものには価値はないのだろうか。
上半期に簡単にまた2作品を落とされてどうしたって懐疑的になる。締切月には珍しく、人に会ってる会ってる。どうせ書けないと思って会ってしまう。来週は週の真ん中に休みを取った。もう少し書く時間を確保しなくてはならないと、頭では分かっているが方法が分からない。逃げるほうがいつも簡単だ。
書くことはこれからもお金にならないだろう。しかし、私は書くことしかやりたいことがなく、自分らしい場所がないため、「書く」に至ることが安らぎに至ることだと悟っている。どうせお金にならないなら、すぐに獲得できなくてもいいような気すらしてくる。30になるまで時間がない時間がないと焦っているけど。
なるべく自分を嫌いになりたくないのだが、書けない時、書きたいことが浮かばない時は恐ろしく死にたくなって、逃げるように深く深く眠ってみたりする。今日も眠りすぎて頭がいたい。書けない。
苦しい。
お言葉たち
脚本に疲れ切った人間すぎて、ほぼ屍のようだと感じる。昨日もらったお言葉たち、とてもとてもありがたいものばかりだったのに、正面から受け止めてしまうとあまりにも壊れちゃいそうで、目を逸らしながら聞いていた。 センスはあるけど、ストーリーがなってない ずーーーっと言われてきた言葉である...
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すべての諦めの言葉は私には届いてこない。するりと抜けていく。だが、それでいいのだと思う。 私はバカ夢見がちな人間であるからに、絶望し切ったような心については死ぬまでおそらく分からない。希死念慮の中に希望の小さな小さな灯火が必ず残るような人間であるからだ。 夏が終わる頃には 全部が...
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ダイエットしてるけどマックにはどうしても行きたい。今マックで倍ダブルチーズバーガーにがっついております。 自分の欲望にたまに応えてあげないと、人生は辛すぎる。 何度目か分からんけどスクールに通い始めた。今回のスクールは元テレビ局のドラマPの元につける環境なわけだけど、既にプロ輩出...
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昔みたいに健康な心じゃないのはちゃんと理解して暮らしてるんだけど、真夜中にあまりにも涙が止まらないと、あの時の感覚に引き戻されそうで怖すぎて怖すぎて自分から逃げたくなる。 いつも、傷付られても、人を愛そうとして判ろうとして受け止めようとして向き合う美しい人。一緒にいると私がどれほ...