2024年2月20日火曜日

よろしくご自愛

ああ今夜は変に病んでいるのでここに来た。「綺麗に書く」とか「上手く書く」とか、そういうのはブログではもう辞めた。ただ「素直に書く」を重ねていこう。

自分の写真を載せるのは、芸能人でもないし自惚のような気がしていて、嫌いなんだけど、私は割と自分の顔面は愛せて、そういうの別に蓋しなくていいかなあ、そういうのもご自愛かなと思ったりして深夜に行動してみる。

最近、良くしてもらってるからと、好きだと言い聞かせていた人を実はあんまり好きじゃないし、休日に会うのも気を遣うし、呑むのもあんまり楽しくないと気付いてしまった時、ああ私はまた、選択を他人に委ねて、流れに身を任せていたなと思った。

その人に「よろしくご自愛下さい」と冷たく言われて、なんか嫌だなぁって思った。
言われなくとも私は私を愛し抜く。だからあなたも、私の領域を踏みにじるのに夢中にならずに、あなたを愛してくださいと思った。

私も人の領域をむやみに踏みにじらないように。これからも気を付けなければならない。

2019年末、最高に恋をしていた私は、今振り返ってもビジュが良い。
声に出すと戻れなくなる気がして蓋をしたけど、何を差し置いても盲目になるような相手だった。まあ過ぎたことをなんと書いても、痛いポエムでしかない。

早く眠ろう。

2024年2月7日水曜日

マリオのスター状態

最近の私はマリオのスター状態。
日中はマルチタスクが可能だし、多少知恵熱が出ても乗り切れている、この頃。
つまりは反動が怖い。
チビマリオになるのが怖い。

「躁鬱は大なり小なり誰にでもあるよ」と言ってくれた先輩たちの顔が優しかった。
本当に疲れた。

平日は社内外を駆けずり回って働いて、週末は公募に追われて書いている。こんな生活、続くわけないと思いながら、倉本聰も出来たんだし、やらなきゃいけない。

うおー顔見せろよお、ごめんてえ、気になるわやっぱり。あんまり泣くなよ、あんまり孤独の海で溺れるなよ、とか。

疲れると浮かぶ顔はいつも同じです。
背負いきれない自分が情けない。
私に夢がなければ、心中すら出来ただろう愛情を、あてどころなく持て余しています。
ゆっくり溶かして失くしますから、誰も急かさないで。

とっくに恋とか愛とかの次元にいない、宇宙までいった感情。
あーーーれ、このブログはちゃんと書くと思ってたのに???
カッコつけるのやっぱりやめとこうかな。

2024年2月3日土曜日

件の事件について

おはよう、寒いですね。
今日も公募に出す作品を書いてヒーヒー言うてます。

最近「脚本家」という存在が、とってもフィーチャーされていて、バチボコに叩かれていてめっちゃしんどいです。一人の命が失われたのだから、しょうがないんだろうけど。

大学3年の時、某S事務所(隠す気別にないけど、書かないでおく)にある公募をきっかけに拾ってもらって3回ほど研修に参加した。

それは「原作モノの企画書を書けるだけ書いてこい」と言う研修で、次の研修まで確か2週間くらいしかないので、睡眠を削ってヒーヒー書いた。
それで脚本家でもPでもない人にけちょんけちょんにダメ出しを食らい続けるって言う地獄の2時間を終えたら、また次回の企画書…という感じだったんだが、これがトラウマになっている。

「これのどこが数字取れるの?」「半沢直樹みたいなやつ持ってこいよ」は100回くらい言われた。

それで、3回目で某局Pが襲来して、更にドギツイダメ出し研修を終え、ぐったりして帰った日に、ぱったり事務所からは連絡が来なくなった。多分、ポイ捨てされた。

もちろん「勉強させてもらっている身」だし「時間をいただいている身」ではあったが、あまりの呆気なさに魂が震えた。業界怖すぎって全身で感じた。
始まる時は「みんなで勉強して高め合っていきましょう! そのうち、局の企画書の下請けとか回しますね!」(この下請けってのも全く報酬が発生しないわけであります)みたいなテンションだったのに。おそらく某局Pがあの日、残す残さないを振り分けて事務所にアドバイスでもしたんだろうと勝手に推測してます。

ってことで、叩かれている脚本家ですが「偉そうな大先生」ってのは上位5%で、あとは屍ですし、原作モノの企画書や脚本って言うのは結局は局がそれを望んでいると言うところが大いにあるわけです。

だからまあ何が言いたいかって言えば、そんな大きな枠で括って袋叩きにしないで!って、それだけ。公募つらい。

私みたいに、脚本しかない人間だってこの世には存在しているんだよ、知ってます?ってお気持ちを表明。アーメン。

「不適切にもほどがある!」面白くない? 「カラオケ行こ!」面白いよね?
ちょっと古いけど「鎌倉殿の13人」もやばかったよね。
私の神様たちです。括りにして叩かないでください。

あ〜〜〜今日も頑張ろう。

無言も愛している

昔から沈黙も愛せる関係を欲しいと思う。無言の空間も心地よいと思う。 女性の友達は絶え間なく話し、「無言が嫌い」と言ったりする。合わないなと思うが、それだけで友情を諦めるべきなのだろうか? 歩み寄ったり譲ったりするのは難しい。 「私こうだからさ〜」と言われた時、全然そんな人じゃない...