土門蘭さんの「死ぬまで生きる日記」を読んでいる。その第9章で"死にたい"が"書きたい"に変わる過程を読んで、私だと思った。
愛をかけた人のこと。助けたかった、と言う言葉がどうも近い。私の存在が助けになると言うような事を言って貰えて、つい調子に乗っていたけど、昔も今も、私はあの人を助けられないことを思い出した。
死にたい、から逃げるためには、その死にたいの正体について時間をかけて考えなくてはならない。
私は文章を書く事で、土門さんと同じ答えに辿り着いている。見事なまでの孤独。それが私の抱える闇の正体である。そしてそれが、神から私が受けた唯一の才能のたねであったらしい。この本を読んでよく分かったような気がした。
死ぬ度胸もないと繰り返す、その哀しそうな目は宇宙だった。抜け道のないブラックホールのような暗黒。
君にもひとりぼっちという才能が与えられているようだから、それを上手く使ってやれ。
死ぬまで生きるために。
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