1年目とか2年目とかの時は、仕事で小さくてもミスをする度に泣いたり凹んだりしていたが、5年目になると「所詮ひと事」的な心の防御技が発動して、あまり凹まないし、もちろん泣かなくなった。
偉大なる進歩だと思った。
仕事は真面目にやるだけ損をするという、ようやく辿り着いた深い諦めと真理の中で、自分だけの心身を守るための進化を遂げていた。
よくやった。と思う。
雪見だいふく買って帰ろーっと♪
1年目とか2年目とかの時は、仕事で小さくてもミスをする度に泣いたり凹んだりしていたが、5年目になると「所詮ひと事」的な心の防御技が発動して、あまり凹まないし、もちろん泣かなくなった。
偉大なる進歩だと思った。
仕事は真面目にやるだけ損をするという、ようやく辿り着いた深い諦めと真理の中で、自分だけの心身を守るための進化を遂げていた。
よくやった。と思う。
雪見だいふく買って帰ろーっと♪
11月23日土曜日、22:51。執筆を続ける。
今日の作戦は、書いて集中力が切れたら作り置きをし、洗ったものを乾かす時間で、また書くを繰り返すこと。昼も夜もない今日は、これからが戦いです。
エモい作家だけにはなりたくない。最近はエモさが大事らしくて、白けた目で見ているあれこれの作家がいる。私は戦闘したい。野木亜希子はずっとかっこいい。その面で、ずっと戦っていて、ずっとずっとカッコつけてなくて好き。とはいえ、エモい作家に対し食わず嫌いのように悪口を言いたいわけではないので、明け方の〜も読んだし、唐揚げ弁当も読むこととする。
エモいって大体なんだ? 私の中のこの嫌悪はなんだ。まとまってないけど、とにかくエモいの中で評価されたくないことだけははっきりと分かる。難しい。センスがあるとエモいの区別が最近ではちょっと難しくなってきている。混ざり合っている。私はセンスがある、の中にいたくない。戦ってる、の中にいたい。ニュアンスが難しい。
生き恥を晒していて、必死さが伝わって、努力の匂いがするほど積み重ねで出来た、裸一貫の創作物。それが出来上がった時に、世に出たいと思う。
この感覚を言語化するのが非常に難しいけど、飾った人間で生きたくないというのだけはあり、それがこの気持ちの真理やもしれぬ。
よくわからない。書けない。
ようやく11月下旬に入る。まだまだ暖かくて助かる。占い的にも段々と調子が戻るはずなので、粛々と今の作品を書こうと思っている。
自分のコンプレックス、その中心部分を抉って書こうと思っており、いつも通り気が進まない。全然捗ってなくて、進捗やばいです。
今の部署はメール文面すらも人の言いなりで書くので、かなり病みそうになるが、今までも別に人の言いなりで仕事はしてきたし、それでお金を稼いでいたなと思ったりした。同期が意気揚々と業界のこととか作品のこととかを語るのが未だにあまり好きじゃない。お前は何様だとよく思い、それは「お前はアーティストではなく、いつでも0→1で苦しんでるわけではないだろ」という気持ちから来ているような気がしていて、つまり同期は悪くなくて私の内部的問題である。
息をするように書きたいことが頭を過ぎる。そしてここに書きつける。毎日を文章と共に生きているが、技術が上りきらないその理由はいったい何なの?
はてな時代のブログが尖ってて苦しそうで面白かった。たまに自分で昔のブログを読むと面白い。もう丸4年もブログを転々と書いているらしくて、謎に継続力えぐい。これも文章だけです。
去年、夢を持って14年目と15年目、つまり2023年と2024年は血を吐いても書き続けるみたいなことを宣言してたようで、まさに今もやってて結構偉いじゃん私、ともなっていた。別に上手くなってないけどね。
ちょっと前までは登場人物に必ず”壮”をつけると言うモチベ維持をしていたが、今は必ず”町中華屋”のシーンを入れるというモチベ維持をしている。
あの野木亜希子が35でようやく頭を出したというその事実だけが私を勇気づける。現実はいつもいつも正解だ。あまりにも刺々しく痛いことばかりだけど、立川談志の「現実はいつも正解だ」は胸に刻み続けている言葉。そしてそこから逃げずに、とにかく辞めないこと。
何も成し遂げられないままの私が辿り着いている唯一の真理。
今沈んでいるのは当然だなと思った。技術の外側だけ上がっていっても、中身が伴っていない。面白いものを書きたい。明るいものを書きたい。めっちゃ暗いやつが明るいものを書いてたら、良くない? ってことで、それをめがけて生きている。
だが、中身が伴わないと完成しないのだ。書いているものの芯が、まだまだブレている。これは自転車に早く乗れる人と乗れない人に例えれば分かるが、生まれながらの方向感覚も大事な気がしていて、ここの感覚が備わっていると早く世に頭を出せる。
私には備わっていないようである。だからもがいて会得するしかないのだと思う。
9末の公募原稿に恥ずかしい間違いを見つけて、11末もまた命を削って出そうと思った。出すことを繰り返していく他ない。
結構今週が勝負。少し無理して生きる。
インスタで何となく見ていたインフルエンサーが死んだ。
タイで事故にあったと聞いた。私はそれを、ラインのバナーみたいに出てくるちっさいニュースで知って、また、命が消えるのはなんて簡単なのだろうと思った。
神童だ、天才だと囃し立てられていた若者も、バイクの事故である夜にあっけなく死んだ。
いつ死ぬかが運命によって決まっているのか、それはやっぱり神にも分からないのか、どっちだと思う?
アンメット。光が当たると生まれる影。何かを得ては何かを失っていく私たちの生は、いつも虚しい。
Xとインスタを見るのをやめようと思っている。すでに習慣付いているものをすぐに手放すのは難しいので、長期戦になる。自分のペースで意識改革をやってみよう。
観葉植物を手に入れて、嬉々として世話をする私がいる。自分の世話は簡単に放棄するのに、滑稽である。
悶々と悶々と机に向かう。 歳が近い人が早いうちからテレビ脚本を書いている。いちいち悔しくていちいち切り裂かれる。 本格的に構造などを頭に入れ始めてから早くも8年が経過。もっと早くやれば良かったけど、私あまりセンスがある方でもないようだし、時間がかかるのは仕方ないのだろうか。悶々。...