2024年9月22日日曜日

いつも

自分の心や感受性を守るのに、必死だ。

傷つくかもしれない行動も、たまには起こすけど、その陰でたくさん自衛している。

宥めるように、言い聞かせるように。大丈夫だ、死ぬわけじゃないと。

私は欲深いのだろうか。私は、私らしくいたいだけで、11歳の頃になりたかった私に、少しずつでも近付きたいだけなのだ。

人が人を値踏みするのは好きじゃないけど、生きている以上、人間社会で生きていく以上、どうしても”成績”をつけられてしまう。

それが無性に悲しい時がある。

自分でも驚くような衝動だった。結末はあっさりと訪れるかもしれない。ノウハウもない。

でも、体が動いた。その事実に引っ張られて生きるだけだ。

いつも、私を守るのに必死で、それはみんなだろう?

2024年9月20日金曜日

zombie

締切に追われる三連休がスタートする。
もうとっくに、誰のために書いているのか分からない。
出しても出しても無視されて、手元の仕事は楽しくない。
生活できているのに贅沢を言うなと言われるかもしれないけど、15年の呪いは、自分が始めた呪いは、恐ろしく邪悪で、本当に首を絞めてくる。

ドラマはいい。虚構はいい。
現実は大体クソで、偉ぶっているあいつは嫌われ切っていることも知りながら、ケロリとしている。被害がなきゃ良かった。でも、見張られてメールを打つのは、人の尊厳を無視している。

年月が人を立派風にするなら、この世界はひどくつまらない。

上司は何度も言う。「もう少し年次が上がれば楽になるのにね」と。
そんなの今は黙ってろと言っているようなもので、嫌気が差す。

何にならなくてもいい。
いや、結果が出れば傷つくだろうけど、反抗みたいに行動した。

この残暑でひどくジメリと苦しい9月に反抗した。
去年の私は、よくもこの9月を乗り切れたな。
それも、かりそめの充実がなんとか手を引いてくれていたのかもしれない。

偉そうに講義を垂れる大人がみんな気持ち悪かった。
何かを成し得たかのように、大口叩くのがみんな上手くてびっくりする。

私は自分の中に巨大な正義を抱えている。
それは難解に拗れた正義だけど、一つ決めているのは、
疑うこと、自分すらも。自分が言ったこと、動いたこと、感じたこと。すべて、丁寧に一度疑い、それが答えだと、正しいと高を括らない事。

ああ、本当に殺伐としてきた。
創作には都合がいいが、自分は死ぬほど苦しい状態の幕開けだ。

2024年9月18日水曜日

真実

安定や世間体や、人からの目、親からの期待ばかりを考えていると、自分の中の何かが腐り落ちていく。
これを守っていないといけないのに、今にも消えかかっている。
私は真実からずっと目を逸らしていた、
気付けた。
あとは運命の風よ、どうか味方して欲しい。

2024年9月16日月曜日

迷っても生き続けるしかないのだ

マツコ・デラックスは28歳まで編集者をしていたが、自分を追い込み何かを変えようと、28で定職を潔く捨てたという。

星野源は今ではスーパースターだが、実は29まで歌うのが怖くて、歌うことを避けていたらしい。

マツコの「遅咲きの方がいいのよ、狂い咲くから」と言う言葉には再三勇気をもらう。

何を選び取り、何を辿って脚本に辿り着こうか、心底迷っているこの頃。これも引越ししてすぐに異動し、仕事にやりがいを失った上に月収が3〜4万下がるというピンチの中に入らなかったら、生じなかった迷いだ。

運命が私に「今ここで変わりなさい」と語りかけている感覚があります。

今年に入り、ひっそりとペンネームを変えてみたのですが、しっくりこないので、使い古した「ザキコ」に戻します。本名の一部と、敬愛する小山田咲子さんをモジって、名乗っております。

今後はネット周りの執筆(エッセイ、雑記、ブログ、たまの案件執筆など?)は「ザキコ」で行い、脚本は今まで通り本名で書いていきます。世に出た暁には「ザキコ」が同一人物で、面白いほど燻り、悶え、情けなくドタバタしていたということを誰か特定してください。期待してる。

この三連休は、中日で実家に帰って家族に癒されつつ、執筆と家事、それから自己理解に勤しんでおりました。来週の三連休はおそらく缶詰で執筆になる。また泣き喚いてやると思う(いつも)。

元々私には何もなかったのに、何かを得た気になっていたのだ、この5年間。リスタートには遅くないし、私はいつも文章と共に生きている。誰かが好きだと言ってくれる文章を武器に、生き恥を晒して生きてきたのだ。そのことをアイデンティティとして、決して忘れてはいけない。

逆に言えば、普通のサラリーマンとは違うのだ。職場で浮いて当たり前だし、サラリーマンとしての成長を求められても、息苦しいに決まっていた。

迷っても生き続けるしかない。生きてゆく約束をしている。23の時に、世界と。

未だに生きてゆく約束読んでますと言われるのめっちゃ嬉しいし、noteで書いている月1、100円のザキコ通信まで読んでくれるのも本当嬉しいです。

絶対に世に出るよ。

その時は古参顔してこの「ザキコ」を特定し、「あいつまじ泥臭くてジタバタ生きてましたよ笑 あんな澄ました顔してますけど、すげえダサかったっすよ笑」と言って欲しい、今読んでる方々。

ああ、頑張ります。

2024年9月12日木曜日

日記とブログと日記

私はブログを3つ持ってて、うち1つはもう更新はしてない。1つはポートフォリオ兼、販売するための文章を書き込んでいる。んで、最後がこのサイト。
プラスして、個人的に5年日記を書いている。
ブログと日記と、販売する文章も、日記に近い事も書く。訳がわからなくなってくる。自分が始めたくせに。
ブログ読んでるよ、と言われると最近「ど、どの?」となる。
占いに実は飽き性、実は人に興味がない、と最近言われて、どっちも嘘だろ〜私は脚本家になりたくてたまらない人間だぞ、と小馬鹿にしてたが、実際のところ当たってた気がする。
私は私が信じたいほど、人に興味を持ってない。興味津々に人と関わるほど、心は強くない気がする。世紀の大発見すぎる。

こんなふうに「こうありたい」と願いすぎるあまり、いつしか思い込み、それが自分の首を絞める、ということも、よくあるね。

今本当にモヤモヤしてて、そもそも私はゲッターズ飯田だけは信用して生きてるんだけど、飯田は金の羅針盤座の9月を毎年どん底に設定してんのマジでなんなの? 一生私の人生の9月は輝かないのかよ、なんとか言えよ飯田!と思いますね。

占いを信じるのは、ぼんやりと選択に迷った時に、いつそれを選び取るか、無責任に決めてくれて、私にはそれが合ってる時も多いのだと、ここ数年で感じたからです。

確かに2024年の9月はどん底だが、今後も私の9月は一生輝かないと言うのはどうにかして欲しい。裏運気の10月より落ち込むらしい9月の惨めさよ!

ブログと日記ばかり書いてる話がいつのまにか占いの話にすり替わってしまった、

2024年9月8日日曜日

はいよろこんで

「はいよろこんで」を聴いて泣いた。

一度うつ病になったらしいが、こんな明るい音楽で心の優しいやつに寄り添えるなんて、最高に素敵だ。

米津のがらくたを聴いた人が、「一度心が壊れたことがある人は、それが完全に修復することはないことを、米津は歌ってくれた」みたいなことを言ってて、私の心も一生どこかネジが狂っているのをまた思い出した。

自分が誰も傷つけてないとは言わないが、平気で人を傷つけたり弄べる人は人生うまく渡り歩けそうで本当に羨ましい。

大抵はねじ曲がった理由を過去がどうだったとか、育ちがどうだとかと言うけれど、それは自分のせいだと思いたくないだけだろう。

自分の人生の舵取りは常に自分がしていると言うこと。

あー私は、ほんとに馬鹿たれで、人を見る目が今の今までなかったけど、ここからは直していきたい。幸せになるため。

こっちのけんとがうつ病の時、菅田将暉は風呂場で抱きしめ、「なんかあったらにいちゃんに言えよ」と言ったらしい。菅田将暉のこと、失礼ながらめちゃくちゃ見直した。

2024年9月6日金曜日

仕事という魔物

人間26年生にしてようやく悟ってきた。
仕事という魔物について。
安定と収入とやりがいは絶対に両立しないと言うこと。
誰1人残らず、自分のことで精一杯ということ。
なによりも、一人一人の人生において確実に優先順位を低く見積もるべきであること。

くあ〜夢を叶えたいのに転職したくてしょうがない!絶望的なストレスを抱えちまった。

2024年9月1日日曜日

小さな生活

9月だ!!!

実はクラウドワークスで、You Tubeとかの軽い台本のシナリオ案件でもやって小金を稼ごうと、登録はしたものの、やはり全く気が向かずに一銭も稼げてない。

次の公募の応募も始まったと言うのに、一枚も書けておらず、虚しい2chレス系の台本を書いている場合じゃないとなりつつある。でも小金は稼ぎたいジレンマ。

今日は13時までにはやりたい家事の一式が終わって、21時の今、お風呂もすでに倒している。あとは歯を磨けばいつでも寝れる状態にて、3時間くらい執筆しようと思ってパソコンに向き合い始めたところです。

やっぱり私には利己と利他のバランスが難しい。自分を目一杯大切にしつつ、うまく周りとも渡り歩きたいが、経験の不足なのか、なんなのか。現状とても難しいと思っている。今の上司はアンドロイドみたいですでに好かんが、だからと言って殺伐と接したいわけではない。私ももう大人なので、上手く上手く、かわして行きたいと願っている。

次の休日には近くの単館にでも行く余裕が欲しいから、平日の密度を上げていきたいなと思っている。常に何かを間違え、何かを悔やんで生きているけど、いつでも自分の選択に自信が持てていればいいな。

「えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる」は、何度も読んできたけど、読むたびに咲子さんが今生きていればなという淋しい感情に押し潰される。今でも本を書いてくれていたら、どれだけ多くの人間を助けただろうか。

最近になって宮崎駿が2013年の引退会見で口にした「この世は生きるに値すると、子供達に伝えたい」と言う思いに心から共感し、作品作りの一つ柱となった。続いて今までいろんな作家を見てきて、好きになってきた結果として、ざっくりとここの路線を走りたいなと言う方向も見えた。たどり着くかはこれからの努力であるが。

父から送ってもらったいくらの醤油漬けがたれがブニョブニョになっていて、冷蔵庫の冷気に直接当たってしまったからな気がしているが、ラップで防いだあの対処法は功を奏してくれるだろうか。最近はやたらにものを送りたがる父の不器用な愛情に、たまに泣かされている。

誰かに愛されたい、と思っているうちはやっぱり未熟なのだと言うことを、最近はよく思う。愛情というのはとても遅れて訪れる。成果などと同じで、人間を幸福で満たすものというのは、「いまさら?」という時に顔を見せる気まぐれな奴らなのだ。

小さな生活と部屋でひとりごつ孤独な夜たち。進まない原稿と、世の中に溢れる才能たち。資本主義が形作った正解らしき何かに怯えながら暮らす。最近、師匠と話せてない。話したいなあ。

まだ生まれていない傑作へ

悶々と悶々と机に向かう。 歳が近い人が早いうちからテレビ脚本を書いている。いちいち悔しくていちいち切り裂かれる。 本格的に構造などを頭に入れ始めてから早くも8年が経過。もっと早くやれば良かったけど、私あまりセンスがある方でもないようだし、時間がかかるのは仕方ないのだろうか。悶々。...