2025年8月30日土曜日

夢を叶えてドラえもん

未来を考えるとすごく怖い。他力本願でしょうもないけど、ドラえもんの手も借りたいくらいには怯えている。
私が何したっていうんだ、と思う夜もたくさんある。哀しくて哀しくてたまらないこんな夜を何度も何度も味わっている。
いつまでも満たされなくて、怖い。生きている意味を見つけられないのが怖い。
全部夜のせいだと思う。

2025年8月26日火曜日

Blue jeans

HANAのBlue jeans良い。毛嫌いして聞いてなかったけど、すごく良かったので反省。

佐藤雅彦展行きたい。好かれなきゃ気に入られなきゃという気持ちを手放したら最近すごく楽になった。自分が好きだという気持ちが大事で、一方的に想いを抱えられる人へ向けてなら、バランスが取れる。

早く結婚しなくては、子供を産まなくては、夢を叶えなくては、と3つの急ぐ気持ちと祈りを丁寧に解いて手放して、自由になりたいと毎晩願う。

富士山の麓の山中湖に浮かぶ2匹のつがいの鳥になりたい。

バッド入る前に眠ろう。綺麗にもなりたい。心もみてくれもきっともっと。

私を私が一番に愛すること。いつでもそれをサボってはいけないのだ。

2025年8月23日土曜日

祈り

悪いやつはずっといるし、日本はどんどん外の国の人が増えていて、なんだか居心地が悪くなる一方だ。
残忍な事件の噂はいつでも耳に入ってきて心を鋭くひっかいて、私は縮こまってしまう。
恐れてばかりいると何もできなくなるんだ。過度に恐れることは可能性を潰してしまう。
もうすぐで2歳になる大切な大切な甥へ。君は守られるべきだ。君の存在は尊い。とにかく私たちの大切な希望である。私の兄がそばにいるから大丈夫だともちろん信頼するが、健やかにただ元気に育って欲しい。
私が子供の頃より、安全でなくなったこの国でも君は守られていつまでも生きるのだよ。
胸を通りすぎた祈りを書き記す。
罪のない人を傷つけない社会になって欲しい。

2025年8月21日木曜日

新宿のバッセン

親友No.2に会ってきた。もう出会って9年になる。あまりにも気を遣わなくて心地良過ぎて「お前のことほんま好きー!」と居酒屋で大の字で寝転がりそうになったりしながら、呑んだ。

元気に生きていて嬉しい。君はきっと必ず幸せになる。わたしが保証するので大丈夫。

新宿のバッセンが観光地化してて、外国人に「私達並んでるけど?」と英語で喋りかけられながらガン飛ばされて「いや次の番に並ぶよ」との英語が出て来なくて「No.2」と捻り出した。情けない語学力!

というか、あのバッセンは酔っ払い日本人の憩いの場だったんですけどー!!!
お前ら自国帰れ!...という気持ちはなるべく心の奥底にしまおう。


2025年8月14日木曜日

サマーバケーション

すべての諦めの言葉は私には届いてこない。するりと抜けていく。だが、それでいいのだと思う。
私はバカ夢見がちな人間であるからに、絶望し切ったような心については死ぬまでおそらく分からない。希死念慮の中に希望の小さな小さな灯火が必ず残るような人間であるからだ。

夏が終わる頃には 全部がよくなる

カネコアヤノのサマーバケーションを聴いて言い聞かせる。私は私が好きだと思う人間たちをただ大事にしたいと思った。私がそう思う人もかなり少なくなってきた。酒徒と親友たちと大好きな先輩2人と両親兄貴と、一生好きであろう君はせめて大事にする。私の両腕でいだける範囲の中の人たち。

自分の夢に足元を取られそう!
すぐダークサイドに行ってしまいそうで、人を突き放したり、反対に身勝手に振り回したり。私はもうそういうのは懲り懲りだ。
私が大好きな人たちをきっと守りたい。頑張りたい。

全部がよくなる。きっと必ず。

2025年8月10日日曜日

ふたつの終わりとわたしの始まり

2025年は本当に苦しい年だと思う。
半分をゆうに超えて、後半を生きながら何度も思っている。
よく耐えて生きているなとも、思っている。
もう少し仕事は適当にやろう。今月を超えれば、誰から責められることもない。適当にやろう。

二人の人と向き合って、確実に関係を終わらせてきた8月。
こんなに心のうちを明かして、ちゃんと話し合ってもう会えませんね、という作業をしてきたのは人生でも初めてだったかもしれない。
なんだか、急に人と向き合わないといけない気がして、そうしたのだった。

9月末までの公募のアイディア出し。一日のほとんどを捧げたが、当たり前のように何も出なかった。今さらであるけど、やっぱり毎日コツコツやらないと結果に結びつかないなと悟る。
今週から1時間は机に向かう習慣をつけたいと思う。ジムと脚本は習慣にする。

野木亜紀子が絶望してる暇があったら美味いもん食って寝ろと言うから、わたしもそうやってなるべく健やかに生きたい。自分の人生を諦めずに、かつ脚本を大切に抱いていられる持続可能な体力と気力をつけること。それが私にとっての急務である。

ふたつの終わりの後に、わたしが始まった。わたしがわたしを諦めてどうする!
前を向け。

2025年8月5日火曜日

死なないように

私へ、死なないように。

私はあまりにもすぐに死を意識しすぎる。その悪趣は中2から続いていて、今後もどうせ付き合っていくしかない私の特性である。

だから私へ、死にそうになったら凌ぐだけでいい。心のおもりを一つずつ外そう。他人はどうでもいいし、命の前では夢だってどうでもいい。

死なないように凌ぐこと。忘れないで。

まだ生まれていない傑作へ

悶々と悶々と机に向かう。 歳が近い人が早いうちからテレビ脚本を書いている。いちいち悔しくていちいち切り裂かれる。 本格的に構造などを頭に入れ始めてから早くも8年が経過。もっと早くやれば良かったけど、私あまりセンスがある方でもないようだし、時間がかかるのは仕方ないのだろうか。悶々。...