斉藤和義の「君の顔が好きだ」という曲が大好きだという話を何度でもしよう。
午前1時、お風呂にお湯をためています。
今月はあまりにもいっぱいいっぱいだった。両親の愛情を時たま感じていなければ、野垂れ死んでもおかしくないくらいには。だからここも本当によく書いたね。
強くあろうとしなくていいよ。私は弱いままのかっこわるいままの、そのままでいられる私が好きだ。まっすぐだとか儚いとかいまだに形容されるので、嬉しいし曲がらず済んでるのだと思う。
そもそも会社で大泣きする奴なんてクソかっこ悪いだろうよ、でもそれも私だから、丸ごと愛してしまっていたいよ。
イメージを押し付けられたり、自分の好きなように解釈してこようとする人はどうしても受け入れ難い。私は根底にそれぞれを生きたいという気持ちが強い。それぞれをありのまま尊重していたいよ。
いま不運でいっぱいで、なんども希死念慮の海に沈められて、死んでしまいそうに過ごしているけど、それが来年以降のためなら受け入れるよ。そうでなかったらいよいよおしまいになってしまう。それでも立ち上がれるように、いまは備えたいとも思いつつだけど。
"僕が僕であることを人に説明することの無意味さを君の表情はいつでも教えてくれる"
それぞれを生きて、その先で巡り会おう。まだ会ってないが待っているよ。そしてきっと愛する。
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