「素晴らしいことに出会った時、歩みを止めなかった自分がいることも考える」
これは壮平の言葉。
私はクソ真面目になど生まれたくなかった。父に似た。父は好きだが、私には付き合いきれん、嫌いだ。
そうは生きたくないと願いながらも脳と心が些細なことで傷付いて苦しんでバッドに引っ張られる。私には味方が少ない。
わたしは大したものが書けない、つまり価値がない。
書けないなら価値がない。
仕事も嫌いだ、早く辞めたい。
冷え切った現実に溺れてしまって、ただ泣くことしかできない。もう一度書くが、私は書けないなら意味がないのだ、存在意義がないのだ。
11歳からそう思って生きているので、思い込んで生きているので、とても生きづらくて、いつも誰かに助けて欲しい。手放しに愛されることを求めている。
私が嫌いだ、本当に何度でも思うが、まったく付き合いきれない。こんなひねくれた思考のまま、自分を自分で苦しめて追い込んで死ねもしない。
そろそろ赦してください
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