就活生の頃あたりに、中学生が自分の欲していた賞を獲ったことがあって、その人が書いたドラマが今日からだった。悔しくて見れないのが、いまの私。
大事な人たちが私の可能性を肯定する言葉をくれる。その度に泣きたくなってしまう。一人になった私は、今日も書けない書けないと机で絶望している。過去の脚本を読み返す。面白いと思う。どうして世の中には届かないのだろうと、また絶望する。そうやって6年ほど生きてきた。
2024年から始めた一人暮らしはもうすっかり身体に馴染んでひとりが得意になってきた。不安の穴に落っこちる自分に「きっと大丈夫だ、これは上がる前の沈み方だ」などと自ら言い聞かせて宥めるのがあまりにも虚しい。20代のほとんどを挫折と共に生きているなと思う。
どうすればいいんだろうね。
上手く書けるには何を差し出せばいいだろう。
死神が寿命を欲しているなら差し出せるくらいには絶望している。
去年も苦しかったのだが、今年も相変わらずというか一段上の苦しみになっており、這い上がり方も分からず。鬱っぽくなる一歩手前で逃げるように生きながらえてきたが、さすがに今月来月は溺れてもいいから書かなければならない。書くと希死念慮に引きずり込まれてしまい、自分ではどうにもならないことを忘れていた。
きっといいドラマを書くよ。世界に約束する。
得るために失うべきものはみんな取り上げていいので、私と契約して欲しい。でないとここまで生きていた私が報われなくてあまりにもやるせない。
0 件のコメント:
コメントを投稿